【人はなぜ目標を立てるのか】それは○○からあなたを守るためです。

こんちは。

 

新年そうそう目標も立てず、一流ニートとして悦に浸っている、イチタスです。

 

友人や親戚などで、よく「今年の目標は ?」とか、「今の目標は ?」とか聞いてくる人がいます。

 

別にそれは良いんですけど、”人は目標を持って生きてて当たり前”。みたいなそんな風潮に疑問を抱くのは僕だけですかね?

 

先日、こんなツイートをしました⇩

 

(イチタス)
一年のはじめに目標を立てて、年末にどれだけ達成できたかを振り返る人ってこの世に何人いるんやろう?

 

ですが、考えているうちに、そこからもっと踏み込んで、

 

(イチタス)
人はなぜ目標を立てるんやろう?

 

という疑問が頭から離れなくなりました。

 

“目標を持って生きることが当たり前”という風潮自体、個人的にあまり好きになれませんが、

 

目標を持って生きるというのは、損をするようなことではないとも思うので、今日は目標を立てる意味(意義)について考えてみようと思います。

 


 

この、”人はなぜ目標を立てるのか?” という人類の永遠のテーマとも思えるような問いに対して、最初はこれっぽっちも自分の考えが浮かばなかったのですが、

 

この疑問を解くためのヒントはないかなと記憶を辿った結果行き着いたのが、、オードリーの若林さんの作品である、「社会人大学 人見知り学部卒業見込み」という小説の、「牡蠣の一生」というエピソードでした。

 

この「牡蠣の一生」の話では、「牡蠣は海のそこでずっと岩に張り付いているだけなのに、生きていて何が楽しいのだろうか?」という若林さんの素朴な疑問に、”とある、おじいさん“が答えるのですが、”人間が生きる意味”を深く考えされられる節があり、とても心惹かれた記憶があります。

 

その「牡蠣の一生」でのやりとりの一部分の抜粋がこちら⇩

会社勤めが全てじゃない。この世に存在する二つの理由

いいかい。この世に存在する理由には二つあって。

一つは何かをしているから存在していいということ。

例えば、会社にいてちゃんと働いているからその会社に居ていいと思えるみたいなこと。

二つ目は生まれてきたら、なんの理由も無くこの世界に存在していいということ。

リストラされたりして自殺しちゃったりする人は一つ目の理由が全てだと勘違いしてしている。

リストラされたら会社にも家庭にも自分は存在しちゃいけないような気がして死んでしまう。

何もしていなくてもこの世に居ていいのにね。

だからホームレスを少年が襲ったりしたら捕まるでしょ。

それは大事な二つ目の理由を侵す行為だからなんだよ。

そして、少年たちは一つ目の理由ばかり大人に教わっているからその犯罪行為を悪いこととあまり思わないのだろうね。

※『社会人大学人見知り学部卒業見込』 P250〜251より抜粋

 

この記事の最初の方で書いた内容と少し被りますが、

 

“とあるおじいさん”が語るように、人やその他の動物全ては本来、なんの理由もなく世界に存在していいんですよ。

 

ところが、同調圧力が蔓延しきった資本主義社会では、“何もしていない、目標もない人は悪”として認識され、何かをしていないと、この世に存在してはいけないという概念を、幼い頃から長い時間かけて刷り込まれます。

 

こうなると、話のように、仕事を失った人・目標を諦めざるおえなかった人は、自分は存在してはいけないんだ、とひどく落ち込み、最悪の場合、自ら命を絶ってしまう。。

 

とても悲しいですが、これが現実です。。

人が目標を立てるべき本当の理由

 

だから、この「牡蠣の一生」の話から出せる答えとして僕がまず伝えたいのは、

 

自分が立てた目標の押しつぶされるくらいなら、目標なんか無理して立てなくても良い 

 

ということ。

 

仕事がある・気高き目標がある = この世の中に存在して良い”という方程式は、僕は成り立っているとは思いません。これは、資本主義社会が作り出した幻想なんです。人は、理由なく世の中に存在しても大丈夫だから。

 

しかし、とは言って、何もしなければ死んでしまうので、生きて自分を守る必要があります

 

ここからは、考え抜いた結果僕が行き着いた、“目標を立てる本当の理由”なのですが、実は、自分を殺し得る可能性と同時に、自分を守ってくれるのも”目標”なんじゃないかと思ってます。

 

どういうことかと言うと、現代はインターネットが普及し、世界人口のほとんどがスマホ一台で情報にアクセスできますよね。いろんな事をすぐに知れる一方で、他人の実績や私生活など、知る必要も無い情報も同時に入ってきます

 

これが危険だと思っていて、端的に言うと、”ひと昔前よりも隣の芝生が青く見える時代”に突入しているわけです。

 

常に自分と誰かを比べ、財力や権力の差に一喜一憂し、勝手に自己嫌悪のループに陥り、自分は存在してはいけないと考判断する。具体的に言えば、

 

(イチタス)
他の皆はちゃんと仕事しているのに、クビになって無職の自分は生きる価値なし、、

 

みたいな感じです。。。

 

でも、何でも良いから自分だけの目標を一つ握りしめていれば、他人事に鑑賞する暇なんてなくなるはずです。

 

例えば、自分が無職だとしても、“アルバイトを続けながら休みを取りつつ気持ちを立て直そう。その為に毎日10分ランニングを続ける”といった目標を一旦を立てれば、他人の動向に一喜一憂して振り回される時間なんてありません。

 

隣の芝生を、目標という武器を使って、自分の世界から消し去る

 

 

 

(イチタス)
結局、この記事で何を伝えたいんや?!!

 

すいません。長くなってしまいましたが、結局、目標を立てる理由は、

他人の動向に振り回されて、自分を見失う事から身を守る為
ってことです。今の社会は、他人が見えすぎてしまうせいで、自分の存在意義やそういったものに悩まされて気持ちを病んでします人が多い気がします(僕もどちらかと言えばそんなタイプの人間です。)

 

どんなシンプルな目標でも良いので、自分ができそうかなと思った事を紙に書き出して、その達成の為に一心不乱になりましょう。達成できてもできなくても問題なし。ノープロです。目標に向かって集中することが何よりも大切。

 

て感じです。いや~。あんまりうまくまとめれなくて、やっぱブログって難しいな(笑)。だから楽しい部分もあるんですけど、、

 

最後に僕の2019年の目標でも書いておこうかな。

 

  1. ブログ記事150記事更新
  2. Twitterフォロワー1000人達成T
  3. 英検一級合格・TOIEC900

 

若林さんの本、「社会人大学 人見知り学部卒業見込み」ぜひ読んでみてください。日本社会にうまく適合できないなと感じる人は特に、心に響くものがあります。自分を許せるきっかけになります。

 

んじゃ、また。

こちらの記事もぜひ